OMJOOSOO

かみねんどで陶器のような平面作品をつくる現代美術作家オムチュスの日々のつぶやき。

自由

私は束縛されることが嫌いだ。

行動や思考を制限されると息が詰まる。

 

迷惑さえかけなければ何をしても良いというのが私の人生のルールで、ただひたすら自由に生きていきたいと思っている。

 

この歳になってその気持ちは強くなっていく一方で、自分らしく、あと何年続くか分からない自分の人生をどう生きるか。

 

そればかりを最近よく考える。

 

 

それなのに何故か不自由な気がしてしまう。

 

こんなにも束縛が嫌いなのに、どこかで自分が自分を縛り付けている気がしてしまう。

 

創作という何ひとつNGがない世界で、自由になりたい私が自由になれない理由があるとしたらそれは何なんだろう。

 

あんまり知りたくないけど、真正面からその不可解な感覚と戦っていかないといけないな。と思う今日この頃。

 

 

いつかこの不自由な感覚を全部ブチ破ってちゃんと自由になりたい。

 

そのための毎日を生きようと夜な夜な考えてる今日この頃。

 

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※ロンドンのトラファルガー広場で。2017年。

 

 

宙ぶらりんだった私の職業

世間的には遅いのは分かってるけど、覚悟する時がいつやって来るかなんて人それぞれタイミングが違って良い。

 

今さらだと思ってもやるやらないでは、死ぬか生きるかの違いくらいあると思うから。

 

「どうせ苦労するなら好きなことで」というのはずっと頭の中にあったけど、ずっと有耶無耶にして来たのは何でだろう。

 

知りたくないことがきっとあったからに違いないと私は思う。

 

まぁ逃げてたに過ぎない。

 

覚悟を決めたところで全然ダメかもしれないけど、自分で自分を窮屈で退屈な世界に追い込むのはもうやめようと思う。

気持ちの向くままに、決めたら前に向かってひたすら動き続けるのみ。

 

今まで自分の職業を声に出してハッキリ言えないことがすごく嫌いだったけど、これからは胸を張って「芸術家」って言おうと思う。

 

そういう自分を自分で作ろう。

 

 

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作家として生きる

私は去年末に丸6年ほど働いた仕事を辞めた。

それからバタバタと仙台に本格的に引っ越して、そろそろ落ち着いてきたので仙台で仕事を探している。

正直キャリアなんて立派なモノがない私にできる仕事は限られているけど、選ばなければ何でもできるし、ギリギリでも食べて行ける。

 

でも、気がつけば毎日求人情報を見ていた私は、”作家として食って行くんだという覚悟がない”という事に今しがた気がついてしまった。

 

今まで解っていると思っていたことが解っていなかったらしい。

 

東京では自分の人生にそれまでなかった青春に近いような時間を楽しんで、そこそこ良い時給をもらい、自由に働き、自由に制作し、とことん自由に生きて来たけど、年齢的にも危機感は募るばかりでこのままでは未来はないと思った。

だから私はコロナという状況にも背中を押されるように、このタイミングで環境を変えることに決めた。

 

私の持つ危機感っていうのは、今だに宙ぶらりんな自分に対してだ。

 

20代後半までの自分の生き方はあまりにも不器用で、"生きてない"ような生き方をしていた気がしてならない分、30代は自分を甘やかした。

 

それなりに楽しい毎日を生きて、気がつけばもう30代も終わろうとしている。

だからといってこのまま世間体を気にして、中途半端に仕事をするのはもっと情けない。

 

だから私は決めた。

 

「無理」だとか「不可能に近い」とか、そんなこと考えて立ち止まるより、理想に近づくために何でもやろうと思う。

 

私は作家として生きて行きたいというのが、本音みたいだから。

 

今さら感はすごいけど、この道だけでもっともっと自分の可能性を広げて行きたい。

 

昔、「いつも悩みなんてなくヘラヘラ笑ってる」と他人に言われたことがあったけど、これからもヘラヘラ笑いながら、やりたいことをクソ真面目に、とことん悩み抜きながらやって行こうと思う。

 

そんなことを感じた夜でした。

 

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 ※ロンドンのウエストミンスター寺院の前で。2017年。

 

 

 

大人になると不自由になる

大学の頃はずっと絵を描いていた。

卒業してから色々な技法で制作するようになって、次第に写真やアクリル板を使った作品に取り組むようになり、遊び半分でつくり始めた作品が初めて恩師に褒められたので「この方向性でやってみよう!」と思ったのがきっかけだった。思い返せば単純すぎる自分に驚く。

 

このシリーズは、気がつけばいつも私はパソコンで画像処理ばかりしていて、筆や絵の具は一切持たずに工具をばかりを持つようになっていた事に心底嫌気がさしていたし、インターネットが普及し生活がどんどん便利になっていく中で、ハイテクな技術に依存して作品を制作する事は私のやりたい事とは違うと感じていた。

 

その後、案の定行き詰まって、自暴自棄になったように新宿で個展を開き、燃え尽きて虚しさでいっぱいになってしまった年、面白いほどあっさりこのスタイルの作品を作るのはやめた。

 

理由はそれだけじゃなく、コストが異常にかかるというのもあったけど。

 

今現在全く異なる作品に取り組んでいる私が昔の作品を見て、圧倒的に違うと思う事は"大人"になってしまったなという事だ。

ピカソが ”子供はみんな芸術家だ。問題は大人になっても芸術家出いられるかどうかだ”と言っていた。
人は年齢を重ねるとどうしても不自由になってしまうと思う。

 

そうならない稀な人間もいるが、邪魔なモノが増えて自分をまっすぐに表現出来なくなってしまう人がほとんどではないかなと思う。

私もいつも、自分をよく見せようと考えるヤマしい欲と戦いながら創作活動を続けている。

 

経験や知識が増えることは人生を豊かにしてくれると思う反面、もしかしたら人間を不自由にする事もあるんじゃないかと思う。

 

生きて行くにつれ、見たくなくても見てしまうモノが増え、必要のない知識もがどんどん自分の中に積み重なって行く中で、どこまで自分の望まないモノに邪魔されず、素直につくり続けられるか。

それが、今までも、これからもたぶん私のテーマのひとつだ。 

 

 

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HARAPECO



 

   

 

在日コリアンに生まれて

私は日本で生まれ育った在日コリアン3世だ。

高校生になるまでは地元の公立学校に通い、親に教えられた簡単な挨拶や、家族の呼び方以外の韓国語(正確には在日コリアンの話す朝鮮語)は全く分からなかった。

在日コリアンにも色々な人がいて生き方は様々だが、実家のある岩手には朝鮮学校がなかったので、民族教育は受けさせたいけど幼い頃からの寮生活はさすがにかわいそうだと考えた両親が、私の将来の進路は決めていた。

小さい頃から「あんたは朝鮮人だから高校からは民族学校に通いなさい。」と言われ、「朝鮮人」だという自覚はちゃんとあったけれど、いつもかすかな違和感とくすぐったさが付いて回っていた。

これは言葉では表現できないむず痒さだった。

日本に暮らし、日本語しか話せないし日本の友達しかいない。親の話す韓国語も全く理解できない。私のアイデンティティはちゃんと「朝鮮人」なのに、「朝鮮人」である要素が私にはほぼなかったからだ。

その中でも特に違和感を感じた場面といえば、学校行事で両親が君が代を歌わない事だった。その時の私には理由が全く分からなかったけど、みんなが起立して国歌を歌う中で、口を開けずにうつむいていた両親の姿は、違和感の塊でしかなかった事を今でもはっきり記憶している。

 

とにかく様々な場面で突然生まれる違和感を、私はほったらかしにしたままで過ごしたけど、在日コリアンである自分を否定する事は1度もなかったし、無知な私はむしろ自分がマイノリティな人間なのだという謎の優越感を感じていたようにも思える。

 

そんな思春期を小さな町で過ごした。

 

 

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年が明けても心は晴れない

30歳になり上京するまでは書くことが大好き。というよりはたったひとつの拠り所だったのに、逃げるように止めてしまった。

自分の頭の中を言葉にする作業は、創作活動にも大きな助けになるし、表現を豊かにしてくれると私は考えている。

...にも関わらず目を背け続けてしまった理由は、私が深く考え込みやすく、自分自身の思考に飲まれて息苦しくなってしまう事が多かったからだ。ゼロから作り出すという行為はものすごく楽しくて、描き切った後の高揚感は言葉では言い表せない程のものがある。その反面、投げ出してしまいたくなるくらいに苦しく、とてつもない孤独感に襲われる時もある。

そのダブルパンチに耐えられなかった。

 

東京での8年間、私の作品はノロマながらも少しずつカタチを変えながら、少しずつ成長して来たと思う。

だけど2019年の個展以降また自分を見失っている。

便秘のような感じで出そうで出ないのだ。何か物足りない。

作っても作っても何かが違う。実際ほとんどの作品を捨ててしまった。

そんなもどかしい日々が続いてたどり着いた抜け道のひとつは、日々考えている事をしっかり書き留めて整理する事だ。創作活動も同じ作業ではあるけど、色んな角度からアプローチをしていく事が今の私には絶対に必要な気がした。

何かを始めればきっと新しいものと出会える。

そんな想像をしながらワクワクしている2021年の始まり。