OMJOOSOO

陶器のような平面作品をつくるスピッツ好きの現代美術作家オムチュスの日々のつぶやき。

在日コリアンに生まれて

私は日本で生まれ育った在日コリアン3世だ。

高校生になるまでは地元の公立学校に通い、親に教えられた簡単な挨拶や、家族の呼び方以外の韓国語(正確には在日コリアンの話す朝鮮語)は全く分からなかった。

在日コリアンにも色々な人がいて生き方は様々だが、実家のある岩手には朝鮮学校がなかったので、民族教育は受けさせたいけど幼い頃からの寮生活はさすがにかわいそうだと考えた両親が、私の将来の進路は決めていた。

小さい頃から「あんたは朝鮮人だから高校からは民族学校に通いなさい。」と言われ、「朝鮮人」だという自覚はちゃんとあったけれど、いつもかすかな違和感とくすぐったさが付いて回っていた。

これは言葉では表現できないむず痒さだった。

日本に暮らし、日本語しか話せないし日本の友達しかいない。親の話す韓国語も全く理解できない。私のアイデンティティはちゃんと「朝鮮人」なのに、「朝鮮人」である要素が私にはほぼなかったからだ。

その中でも特に違和感を感じた場面といえば、学校行事で両親が君が代を歌わない事だった。その時の私には理由が全く分からなかったけど、みんなが起立して国歌を歌う中で、口を開けずにうつむいていた両親の姿は、違和感の塊でしかなかった事を今でもはっきり記憶している。

 

とにかく様々な場面で突然生まれる違和感を、私はほったらかしにしたままで過ごしたけど、在日コリアンである自分を否定する事は1度もなかったし、無知な私はむしろ自分がマイノリティな人間なのだという謎の優越感を感じていたようにも思える。

 

そんな思春期を小さな町で過ごした。

 

 

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